諦めること

 何かを手に入れたいと願っても、それが叶うことが困難な時、我々は諦める他ありません。しかし人間は欲深い生き物であり、中々潔く振舞うことはできないものです。確かに諦めるという行動には勇気が必要です。しかしずっと執着し続けると、却って心は疲れ果ててしまいます。諦める対象について深く考えてみましょう。洋服や車、電化製品といった物品であれば、まだ諦めやすいかもしれません。しかしそれがもっと大切な事であればどうでしょう。例えば人生の岐路に立った時、一つの路を諦めるのは易しいことではないはずです。結婚を諦める、入学を諦める、就職を諦める時、我々の精神は大きな痛手を被ります。
 そのような痛手を恐れずに諦める勇気を持つためにはどうすればよいのでしょうか。まずはタイミングについて考えてみてください。諦めるべきタイミングかどうかについてです。それさえ分からないようでは、前に進むことが出来ません。しかしタイミングに関しては、少なくとも分かる手立てが存在します。それは自分の中にあります。どういうことでしょうか。
 例えば皆さんは日記を書いたりすることがあるでしょう。日記は自分の心情の変遷が文字化されたものですが、改めて後で読み直してみると、書いた本人が新たに気付くことが隠されているものです。自分の気持ちを客観的に読み取るのはそれほど難しいことであり、日記等が役立つというわけです。自分の気持ちの中核は、言うまでも無くスピリチュアルです。スピリチュアルに、自分の本望が隠されています。ですから魂に語り掛けることで、自分が本当に進むべき道が自ずと見えてくるのです。その際、自分に問いかけるべきは、努力の有無や、素直な気持ちです。それらを問いかけられたスピリチュアルは、ストレートに返してくれることでしょう。

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