不幸から脱却するスピリチュアル

不幸は、思考がでっち上げる 「わたし」と「わたしの物語」、観念的なアイデンティティを必要としています。不幸はまた、過去と未来という時聞をも必要としています。ときとして、「重苦しさ」「動揺」「緊張」「怒り」、あるいは、「幅吐を催すような感覚」に襲われることがあるかもしれません。けれども、どんな形で表れたにしろ、
それは、断じて不幸ではありません。個人的な問題でもありません。人間の感じる痛みに、なんら個人的な要素はないのです。 それは、身体のどこかに感じる強烈なプレッシャーか、強烈なエネルギーに過ぎません。 その部分に意識を向けてください。そうすれば、感覚が思考に変化して、「不幸なわたし」のスイッチをオンにすることもあ
りません。頭に浮かぶ一つひとつの考えを真実とみなすたび、たくさんの苦しみ、たくさんの不幸が、怒涛のように押し寄せてきます。出来事は人を不幸にすることはできません。
出来事は、身体に苦痛をもたらすことはあるかもしれませんが、人聞を不幸にするパワーはありません。人間を不幸にしているのは、 ほかでもない、自分自身の思考なのです。あなたを不幸にしているのは、出来事に対するあなたの 「解釈」、あなたが自分に話し聞かせている 「わたしの物語」なのです。
「いま、自分がこうしてめぐらしている思考が、 わたしを不幸にしているんだ!」。
この気づきによって、思考と一体になってしまう、無意識の習慣から脱却できるのです。

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