苦しみの必要性

仏教徒は、 はるか昔から知っていました。 いまでは物理学者もそれを認めています。
それは、 「万物は内面で互いにつながっている」ということ。人生で起こるさまざま
な出来事には、なんら相関性がないように見えますが、なに一つとして、単独で起こっているのではありません。判断を下したり、 レッテルを貼ったりすることが、 それを独立させてしまうのです。生命のワンネスは、人聞の思考によってバラバラに分裂しているのです。けれども、あらゆる出来事を引き起こしているのは、生命のワンネスであり、宇宙という緊密な相互ネットワークの一部なのです。

一見したところ理不尽としか思えない出来事が、宇宙の全体性の中で、どんな役割を果たしているのかを理解するなど、大抵は不可能です。けれども、広漠たる字宙という視点からみれば、 それは必要だから起こったのだと認識することによって、 「すでにそうであるもの」 への内なる受容がはじまり、生命のワンネスとシンクロするようになります。
心の中で 「いまと一つになること」 によって 「苦しみの終息」が訪れるのです。
これまで経験してきた苦しみがあったからこそ、あなたに、人間としての奥行きができたのであり、それがなかったら、謙虚さも憐れみも持ちえなかったでしょう。「わたしには、もう苦しみなんて必要ない」。そう気づくまでは、苦しみは必要なのです。

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